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   <title>太平洋戦争　DVD/動画　ユーキャン太平洋戦争dvd特集</title>
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   <title>太平洋戦争開戦前夜</title>
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   <published>2008-07-27T07:37:07Z</published>
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   <summary> 太平洋戦争開戦前夜1937年に勃発した日中戦争（支那事変）において、日本軍は、...</summary>
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      <![CDATA[<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/syowa-dvd.jpg" alt="昭和と戦争dvd" /><br /><iframe frameborder="0" allowtransparency="true" height="60" width="468" marginheight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=878337244" marginwidth="0"><script language="javascript" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=878337244"></script><noscript><a href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=878337244" target="_blank" ><img src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=878337244" height="60" width="468" border="0"></a></noscript></iframe></center>

<p>
太平洋戦争開戦前夜1937年に勃発した日中戦争（支那事変）において、日本軍は、北京や上海などの主要都市を占領し、中国国民党の蒋介石総統率いる中華民国政府の首都・南京をも陥落させたが、アメリカやイギリス、ソ連からの軍需物資や人的援助を受けた蒋介石は首都を重慶に移し、国共合作により中国共産党とも連携して徹底した抗日戦を展開した。

9月3日、日本では、大本営政府連絡会議において帝国国策遂行要領が審議され、9月6日の御前会議で「外交交渉に依り十月上旬頃に至るも尚我要求を貫徹し得る目途なき場合に於ては直ちに対米（英蘭）開戦を決意す」と決定された。

太平洋戦争の決断を迫られた近衞は対中撤兵による交渉に道を求めたが、これに反対する東條英機陸相は総辞職か国策要綱に基づく開戦を要求したため、10月18日に近衞内閣は総辞職する。


11月6日、南方作戦を担当する各軍の司令部の編制が発令され、南方軍総司令官に寺内寿一大将、第14軍司令官に本間雅晴中将、第15軍司令官に飯田祥二郎中将、第16軍司令官に今村均中将、第25軍司令官に山下奉文中将が親補された。これらを自国に対する挑戦であると反発した日本はドイツ、イタリアと日独伊三国軍事同盟を締結し、発言力を強めようとしたが、かえって日独伊と英米などとの対立に拍車をかける結果となった。
</p>

<p>
同日、大本営は南方軍、第14軍、第15軍、第16軍、第25軍、南海支隊の戦闘序列を発し、各軍及び支那派遣軍に対し南方作戦の作戦準備を下令した。これを日本に対する最後通牒と受け取った東條内閣は12月1日の御前会議において、日本時間12月8日の開戦を決定した。近衞は日米首脳会談による事態の解決を決意して駐日アメリカ大使ジョセフ・グルーと極秘会談し、日米首脳会談の早期実現を強く訴えたが、10月2日、アメリカ国務省は日米首脳会談を事実上拒否する回答を日本側に示した。


11月20日、日本はアメリカに対する交渉最終案を甲乙二つ用意して来栖三郎特命全権大使、野村吉三郎大使にハル国務長官に対し交付し以後の最終交渉に当たったが、蒋介石、イギリス首相チャーチルの働きかけもある中、アメリカ大統領ルーズベルトは、11月26日朝、アメリカ海軍から台湾沖に日本の船団の移動報告を受けた[3]こともあり、ルーズベルトは両案とも拒否し、中華民国・インドシナからの軍、警察力の撤退や日独伊三国同盟の否定などの条件を含む、いわゆるハル・ノートを来栖三郎特命全権大使、野村吉三郎大使に提示した。
</p>

<p>
日本軍は、豊富な軍需物資の援助を受け、地の利もある国民党軍の組織的な抵抗に足止めを受けた。また、中国共産党軍（八路軍）の駆使したゲリラ戦術にも翻弄され、各地で泥沼の消耗戦を余儀なくされた。後を継いだ東條英機内閣は、11月1日の大本営政府連絡会議で改めて帝国国策遂行要領を決定し、要領は11月5日の御前会議で承認された。

1941年4月から日本の近衞文麿内閣は関係改善を目指してワシントンでアメリカと交渉を開始したが、日本軍は7月2日の御前会議における「情勢の推移に伴う帝国国策要綱」（対ソ戦準備・南部仏印進駐）の決定に従い、7月28日に南部仏印へ進駐した。
</p>
<p>
アメリカは太平洋戦争継続に必要な石油と鉄鋼の輸出制限などの措置をとり、イギリスも北部仏印進駐をきっかけに経済制裁をはじめた。以降、大日本帝国陸海軍は、12月8日を開戦予定日として対米英蘭戦争の準備を本格化した。これに対しアメリカは7月25日に在米日本資産を凍結[2]、8月1日には「全ての侵略国」への石油輸出禁止の方針を決定し、日本に対しても石油輸出の全面禁止という厳しい経済制裁を発動した。アメリカ、イギリスは日本に対して中国からの撤兵を求めた。
</p>
<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第一巻の収録内容は、
<span class="style3">なぜ太平洋戦争が始まったのか・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>
<hr />
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   <title>太平洋戦争　宣戦布告</title>
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   <published>2008-07-27T05:54:05Z</published>
   <updated>2008-07-26T08:25:00Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争の宣戦布告最後通牒は日本時間で12月8日月曜日午前3時、ワシントン時...</summary>
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         <category term="110)宣戦布告 真珠湾攻撃" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<p>
太平洋戦争の宣戦布告最後通牒は日本時間で12月8日月曜日午前3時、ワシントン時間で12月7日午後1時に手交する予定であった。すなわち、日本は真珠湾を奇襲した後で対米最後通牒を手交したのである。
</p>
<p>
対米覚書に関しても、外務省より手渡される30分前には全文の解読を済ませており、これが現在いわれる真珠湾攻撃の奇襲成功はアメリカ側による謀略説の根拠となっている。このことは「日本によるだまし討ち」として米国民に広範な憤激を引き起こし、卑劣な国家としての日本のイメージを定着させる原因となるが、公開された公文書によると、既にアメリカは外務省の使用した暗号を解読しており、日本による対米交渉打ち切り期限を、3日前には正確に予想していた。
</p>
<p>
12月6日午前6時30分の「第901号電」パイロット・メッセージから7日午前2時までに14部ある最後通牒と7日午前3時30分の「第907号電」（12月7日午後1時に手交の指令）はアメリカにある日本大使館に分割電送、指令により電信課の書記官2名が暗号解読タイプすることになった。
</p>
<p>
書記官室の寺崎英成書記官（終戦後に外務次官）転勤の送別会が終了した後（タイプの奥村勝蔵一等書記官は友人とトランプをした）、井口貞夫参事官の指示で当直もなく、午前10時に出勤した電信課により最後通牒が作成され、日本時間で12月8日月曜日午前4時20分、ワシントン時間12月7日午後2時20分に来栖三郎特命全権大使、野村吉三郎大使が米国務省のコーデル・ハル国務長官に「対米覚書」を手交した[4]。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第一巻の収録内容は、
<span class="style3">太平洋戦争への道・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>


<hr />
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   </content>
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   <title>太平洋戦争末期　ルソン島の戦い</title>
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   <published>2008-07-26T07:35:40Z</published>
   <updated>2008-07-26T08:23:50Z</updated>
   
   <summary> 室蘭や釜石では製鉄所を持ちながらも、迎撃用の航空機や大型艦の配備が皆無に等しい...</summary>
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         <category term="120)太平洋戦争末期　ルソン島の戦い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
室蘭や釜石では製鉄所を持ちながらも、迎撃用の航空機や大型艦の配備が皆無に等しいことを察知していたアメリカ軍は、艦砲射撃による対地攻撃を行う。3月10日には大規模な無差別爆撃である東京大空襲が行われ、一夜にして10万人もの尊い命が失われた。また、日本本土近海の制海権を完全に手中に収めたアメリカ軍は、度々空母機動部隊を日本沿岸に派遣し、艦載機による各地への空襲や機銃掃射を行った。
</p>
<p>
前年末から、サイパン島に築かれた基地から飛び立ったアメリカ軍のボーイングB-29爆撃機による日本本土への空襲が本格化していた。それまでは高高度からの軍需工場を狙った精密爆撃が中心であったが、カーチス・ルメイ少将が在マリアナ空軍総司令官に就任すると、民間人の殺傷を第一目的とした無差別爆撃が連夜のように行われるようになった。
</p>
<p>
あわせて連合軍による潜水艦攻撃や、機雷の敷設により制海権も失っていく中、北海道、青森、東京、横浜、大阪、名古屋、福岡、富山、徳島、熊本など、日本全国の多くの地域が空襲にさらされることになる。フィリピン全土はほぼ連合軍の手に渡ることになり、日本は南方の要所であるフィリピンを失ったことにより、マレー半島やインドシナなどの日本の勢力圏にある南方から日本本土への船艇による資源輸送の安全確保はほぼ不可能となり、自国の資源が乏しい日本の戦争継続能力が途切れるのは時間の問題となった。
</p>
<p>
太平洋戦争末期前年のフィリピンレイテ島やミンドロ島における戦いに勝利を収め、1月にはアメリカ軍はルソン島に上陸した。日本軍はB-29を撃墜するための新型ジェット戦闘機「橘花」などの迎撃機の開発を進めることになるが実用化には至らず、既存の戦闘機で体当たり戦法などを用い必死に抵抗したが、高高度を高速で飛来し、武装も強固なB-29を撃墜するのは至難の業であった。
</p>
<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第五巻の収録内容は、
<span class="style3">最後まで出なかった撤退の言葉・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>


<hr />

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   </content>
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   <title>山本五十六海軍大将戦死</title>
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   <published>2008-07-26T07:12:04Z</published>
   <updated>2008-07-26T07:45:49Z</updated>
   
   <summary> 1943年1月、日本海軍はソロモン諸島のレンネル島沖で行われたレンネル島沖海戦...</summary>
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         <category term="114)山本五十六海軍大将戦死" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
1943年1月、日本海軍はソロモン諸島のレンネル島沖で行われたレンネル島沖海戦でアメリカ海軍の重巡洋艦シカゴを撃沈する戦果を挙げたが、島の奪回は最早絶望的となっていた。しかし、この頃日本海軍の暗号の多くはアメリカ海軍情報局により解読されており、アメリカ軍は日本海軍の無線の傍受と暗号の解読により、撃墜後間もなく山本長官の死を察知していたことが戦後明らかになった。
</p>
<p>
1943年4月18日には、日本海軍の連合艦隊司令長官の山本五十六海軍大将が、前線視察のため訪れていたブーゲンビル島上空でアメリカ海軍情報局による暗号解読を受けたロッキードP-38戦闘機の待ち伏せを受け、乗機の一式陸上攻撃機を撃墜され戦死した。しかし大本営は、作戦指導上の機密保持や連合国による宣伝利用の防止などを考慮して、山本長官の死の事実を1か月以上たった5月21日まで伏せていた。
</p>
<p>
2月に日本陸軍はガダルカナル島から撤退（ケ号作戦）した。これ以降、ソロモン諸島での戦闘はまだ続いたものの、日本軍は物量に勝る連合軍によって次第に圧迫されていく。
</p>
<p>
半年にも及ぶ消耗戦により、日米両軍に大きな損害が生じたが、国力に限界がある日本にとっては取り返しのつかない損害であった。なお、日本政府は「元帥の仇は増産で（討て）」との標語を作り、山本元帥の死を戦意高揚に利用する。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第六巻の収録内容は、
<span class="style3">ジャワの極楽、ビルマの地獄、新でも帰れぬニューギニア・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>


<hr />
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   <title>戦争末期　戦艦大和撃沈</title>
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   <published>2008-07-26T07:08:29Z</published>
   <updated>2008-07-26T07:46:55Z</updated>
   
   <summary> 同盟国の中で最期まで抵抗していたドイツが連合国に降伏し、ついに日本はたった一国...</summary>
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      <![CDATA[<p>
同盟国の中で最期まで抵抗していたドイツが連合国に降伏し、ついに日本はたった一国でアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、中華民国、オーストラリアなどの連合国と対峙して行くことになる。一方、「神洲不敗」を信奉する軍の強硬派はなおも本土決戦を掲げて、「日本国民が全滅するまで一人残らず抵抗を続けるべきだ」と一億玉砕を唱えた。なお、沖縄戦は日本国内での降伏前における唯一の民間人を巻き込んだ地上戦となった。
</p>
<p>
日本政府は中立条約を結んでいたソビエト連邦による和平仲介に最後の期待を賭してポツダム宣言を黙殺する態度に出た。その頃、アメリカ軍やイギリス軍を中心とした連合軍は次に沖縄諸島に戦線を進め、沖縄本島への上陸作戦を行う。このような降伏の遅れは、その後の制空権喪失による本土空襲の激化や沖縄戦の激化、原子爆弾投下などを通じて、日本軍や連合軍の兵士だけでなく、日本やその支配下の国々の一般市民にも甚大な惨禍をもたらすことになった。
</p>
<p>
活動の主体は駆逐艦・潜水艦などの小型艦艇に移行し、ここに日本海軍が誇った連合艦隊は完全に壊滅した。また、沖縄戦の支援のために沖縄に向かった連合艦隊第2艦隊の旗艦である戦艦大和も4月7日に撃沈され、残ったわずかな空母や戦艦も、燃料・搭載機の欠乏により出撃不能となった。このような状況下で連合国との和平工作に努力する政党政治家も多かったものの、このような状況に陥ったにもかかわらず、敗北による責任を回避しつづける大本営の議論は迷走を繰り返す。
</p>
<p>
多数の民間人をも動員した凄惨な地上戦が行われた結果、両軍と民間人に死傷者数十万人を出した。日本軍の軍民を総動員した反撃にも拘らず、連合軍側は6月23日までに戦域の大半を占領するにいたり、すでに濃厚であった敗戦の見通しを決定づけた。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第十巻の収録内容は、
<span class="style3">沖縄、そして敗戦・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>


<hr />
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   <title>第一次ソロモン海戦</title>
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   <published>2008-07-26T06:31:52Z</published>
   <updated>2008-07-26T07:48:10Z</updated>
   
   <summary> アメリカ海軍はドイツのUボート戦法に倣って、潜水艦による輸送艦攻撃を行い、徹底...</summary>
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         <category term="115)太平洋戦争 第一次ソロモン海戦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
アメリカ海軍はドイツのUボート戦法に倣って、潜水艦による輸送艦攻撃を行い、徹底して通商破壊作戦を実行。その後行われた第三次ソロモン海戦で、日本海軍は戦艦2隻を失い敗北した。8月にアメリカ海軍は日本海軍に対する初の本格的な反攻として、ソロモン諸島のツラギ島およびガダルカナル島に上陸し、完成間近であった飛行場を占領した。長引く消耗戦により、国力に劣る日本は次第に守勢に回ることとなる。
</p>
<p>
ミッドウェー海戦により、日本軍の圧倒的優位にあった空母戦力は拮抗し、アメリカ海軍は日本海軍の予想より早く反攻作戦を開始することとなる。10月に行われた南太平洋海戦では、日本海軍機動部隊が意地を見せ、アメリカ海軍の空母ホーネットを撃沈、エンタープライズを大破させた。しかし、日本軍が輸送船を攻撃しなかったため、ガダルカナル島での戦況に大きな影響はなかった。ガダルカナル島では補給が覚束なくなり、餓死する日本軍兵士が続出した。
</p>
<p>
同月に行われた第一次ソロモン海戦ではアメリカ、オーストラリア海軍などからなる連合軍は日本海軍による攻撃で重巡4隻を失う敗北を喫する。日本は瑞鶴以下5隻の稼動可能空母を有し、数の上では圧倒的優位な立場に立ったが、度重なる海戦で熟練搭乗員が消耗してしまったことと補給戦が延びきったことにより、新たな攻勢に打って出ることができなかった。その後、第二次ソロモン海戦で日本海軍は空母龍驤を失い敗北し、島を巡る戦況は泥沼化する。先立ってサラトガが大破、ワスプを日本潜水艦の雷撃によって失っていたアメリカ海軍は、一時的にではあるが太平洋戦線における稼動可能空母が0という危機的状況へ陥った。
</p>
<p>
日本軍の物資や資源輸送を封じ込めた。これ以来、ガダルカナル島の奪回を目指す日本軍と米軍の間で、陸・海・空の全てにおいて一大消耗戦が繰り広げることとなった（ガダルカナル島の戦い）。それでも、数少ない空母を損傷しながらも急ピッチで使いまわした米軍と、ミッドウェーのトラウマもあってか空母を出し惜しんだ日本軍との差はソロモン海域での決着をつける大きな要因になったといえる。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第五巻の収録内容は、
<span class="style3">ガダルカナル、最後まで出なかった撤退の言葉・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>

<hr />
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   <title>太平洋戦争 サイパン島の激戦</title>
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   <published>2008-07-26T06:12:14Z</published>
   <updated>2008-07-26T07:51:07Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争では、日本機動部隊は空母9隻という日本海軍史上最大規模の艦隊を編成し...</summary>
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         <category term="117)太平洋戦争 サイパン島の激戦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
太平洋戦争では、日本機動部隊は空母9隻という日本海軍史上最大規模の艦隊を編成し、米機動部隊を迎撃したものの、圧倒的な工業力を基に空母を多数竣工させていたアメリカ側は15隻もの空母を基幹とし、更に日本の倍近い艦船を護衛につけるという磐石ぶりであった。7月に海軍南雲忠一中将の守るサイパン島では3万の日本軍守備隊が玉砕し、多くの非戦闘員が両軍の戦闘の中死亡した。陸上では、猛烈な艦砲射撃、航空支援を受けたアメリカ海兵隊の大部隊がサイパン島、テニアン島、グアム島に次々に上陸。しかし、戦艦部隊はほぼ無傷であったため、10月末のレイテ沖海戦では戦艦部隊を基軸とした艦隊が編成されることになる。
</p>
<p>
日本海軍機動部隊はこれに対し反撃すべくマリアナ沖海戦を起こす。しかし、6月にその最重要地点であったマリアナ諸島にアメリカ軍が来襲する。6月からは中国・成都を基地とするB-29による北九州爆撃が始まった。このことにより日本の東北地方の大部分と北海道を除くほぼ全土がB-29の航続距離内に入り、本格的な本土空襲の脅威を受けるようになる。
</p>
<p>
連合国軍に対し各地で劣勢に回りつつあった日本の陸海軍は、本土防衛のためおよび戦争継続のために必要不可欠である領土・地点を定め、防衛を命じた地点・地域である絶対国防圏を設けた。実際、この年の暮れには、サイパン島に設けられた基地から飛び立ったアメリカ空軍のB-29が東京にある中島飛行機の武蔵野製作所を爆撃するなど、本土への空爆が本格化する。太平洋上の最重要地点であるサイパン島を失った打撃は大きく、攻勢のための布石は完全に無力と化した。続いて8月にはテニアン島とグアム島が連合軍に占領され、即座にアメリカ軍は日本軍が使用していた基地を改修し、大型爆撃機の発着が可能な滑走路の建設を開始した。
</p>
<p>
旗艦であった大鳳以下空母3隻、その他多くの艦載機と熟練搭乗員を失った日本機動部隊は文字通り壊滅した。5月頃には、米軍による通商破壊などで南方からの補給が途絶えていた中国戦線で日本軍の一大攻勢が開始される（大陸打通作戦）。航空機の質や防空システムでも遅れをとっていた日本機動部隊はアメリカ海軍の機動部隊に惨敗を喫することとなる。作戦自体は成功し、中国北部とインドシナ方面の陸路での連絡が可能となったが、中国方面での攻勢はこれが限界であった。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第九巻の収録内容は、
<span class="style3">陸海空で繰り広げられる特別j攻撃・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>


<hr />
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   </content>
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   <title>太平洋戦争　ビルマ攻略</title>
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   <published>2008-07-26T06:11:03Z</published>
   <updated>2008-07-26T07:53:38Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争時サンフランシスコ市内に張り出された日本軍機による空襲時のシェルター...</summary>
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         <category term="113)太平洋戦争 ビルマ攻略" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
太平洋戦争時サンフランシスコ市内に張り出された日本軍機による空襲時のシェルターへの避難案内と日系アメリカ人に対する強制退去命令サンフランシスコ市内に張り出された日本軍機による空襲時のシェルターへの避難案内と日系アメリカ人に対する強制退去命令第一段作戦の終了後、日本軍は第二段作戦として、アメリカとオーストラリアの間のシーレーンを遮断しオーストラリアを孤立させる「米豪遮断作戦」（FS作戦）を構想した。</p>
<p>これを阻止しようとする連合軍との間でソロモン諸島の戦い、ニューギニアの戦いが開始され、この地域で日本は戦争資源を消耗してゆくことになる。日本海軍は、同月に行われたジャワ沖海戦でアメリカ、イギリス、オランダ海軍を中心とする連合軍諸国の艦隊を打破する。続くスラバヤ沖海戦では、連合国海軍の巡洋艦が7隻撃沈されたのに対し、日本海軍側の損失は皆無と圧勝した。この戦いの間に、日本軍の特殊潜航艇がディエゴスアレス港を攻撃し、イギリス海軍の戦艦を1隻大破させる等の戦果をあげている。
</p>
<p>
同月には、当時イギリスの植民地であったビルマ（現在のミャンマー）方面に展開する日本陸軍に後方協力する形で、海軍の航空母艦を中心とした機動艦隊がインド洋に進出し、空母搭載機がイギリス領セイロン（現在のスリランカ）のコロンボ、トリンコマリーを空襲、さらにイギリス海軍の航空母艦ハーミーズ、重巡洋艦コーンウォール、ドーセットシャーなどに攻撃を加え多数の艦船を撃沈した（セイロン沖海戦）。まもなくジャワ島に上陸した日本軍は疲弊したオランダ軍を制圧し同島全域を占領した。</p>
<p>日本軍は陸路からのポートモレスビー攻略作戦を推進するが、山脈越えの作戦は補給が途絶え失敗する。また、3月に行われたバタビア沖海戦でも連合国海軍に圧勝し、相次ぐ敗北によりアジア地域の連合軍艦隊はほぼ壊滅した。この結果、日本軍は海路からのポートモレスビー攻略作戦を中止した。
</p>
<p>
珊瑚海海戦で日本海軍の攻撃を受け炎上するアメリカ海軍の空母レキシントン珊瑚海海戦で日本海軍の攻撃を受け炎上するアメリカ海軍の空母レキシントン1942年5月に行われた珊瑚海海戦では、日本海軍の空母機動部隊とアメリカ海軍を主力とする連合軍の空母機動部隊が激突し、歴史上初めて航空母艦同士が主力となって戦闘を交えた。</p>
<p>この頃イギリス軍は、友邦フランスの植民地であったものの敵対するヴィシー政権側に付いたため、日本海軍の基地になる危険性のあったアフリカ東岸のマダガスカル島を南アフリカ軍の支援を受けて占領した（マダガスカルの戦い）。なお、この攻撃に加わった潜水艦の一隻である伊号第三〇潜水艦は、その後8月に戦争開始後初の遣独潜水艦作戦（第一次遣独潜水艦）としてドイツ[10]へと派遣され、エニグマ暗号機などを持ち帰った。また、日本陸軍も3月中にイギリス領ビルマの首都であるラングーンを占領し、日本は連戦連勝の破竹の勢いであった。
</p>
<p>
まもなく山下奉文大将率いる日本陸軍がイギリス領マラヤに上陸し、2月15日にイギリスの東南アジアにおける最大の拠点であるシンガポールが陥落する。また、この頃、日本海軍はアメリカの植民地であったフィリピンを制圧し、太平洋方面の連合国軍総司令官であったダグラス・マッカーサーは多くのアメリカ兵をフィリピンに残したままオーストラリアに逃亡した。この海戦でアメリカ軍は空母レキシントンを失ったが、日本軍も空母祥鳳を失い、翔鶴も損傷した。これによりイギリスの東方艦隊は航空戦力に大打撃を受けて、日本海軍の機動部隊に対する反撃ができず、当時植民地下に置いていたアフリカ東岸のケニアのキリンディニ港まで撤退することになる。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第八巻の収録内容は、
<span class="style3">インパール攻略作戦開始・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>

<hr />
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   </content>
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   <title>太平洋戦争の転換期</title>
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   <published>2008-07-26T05:49:01Z</published>
   <updated>2008-07-26T07:58:05Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争では、空母ホーネットから発進したB-25によるドーリットル空襲に衝撃...</summary>
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         <category term="119)太平洋戦争の転換期" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
太平洋戦争では、空母ホーネットから発進したB-25によるドーリットル空襲に衝撃を受けた海軍上層部は、アメリカ海軍機動部隊を制圧するためミッドウェー島攻略を決定する。その後6月に行われたミッドウェー海戦において、日本海軍機動部隊は作戦ミスと油断により主力正規空母4隻（赤城、加賀、蒼龍、飛龍）を一挙に失う大敗を喫する（米機動部隊は正規空母1隻（ヨークタウン）を損失）。この敗北によって、日本海軍機動部隊の命運は決していたといえよう。
</p>
<p>
ミッドウェー海戦後、日本海軍の保有する正規空母は瑞鶴、翔鶴のみとなり、急遽空母の大増産が計画されるが、終戦までに完成した正規空母は4隻（大鳳、天城、雲龍、葛城）の4隻のみであった。この空襲は、現在に至るまでアメリカ合衆国本土に対する唯一の外国軍機による空襲となっている。これに先立つ5月には、日本海軍の特殊潜航艇によるシドニー港攻撃が行われ、オーストラリアのシドニー港に停泊していたオーストラリア海軍の船艇1隻を撃沈した。
</p>
<p>
艦船の喪失だけではなく、多くの艦載機と熟練パイロットを失ったこの敗北は太平洋戦争のターニングポイントとなった。また、アメリカ海軍機による日本本土への初空襲に対して、9月には日本海軍の伊一五型潜水艦伊号第二五潜水艦の潜水艦搭載偵察機である零式小型水上偵察機がアメリカ西海岸のオレゴン州を2度にわたり空襲し、火災を発生させるなどの被害を与えた（アメリカ本土空襲）。
</p>
<p>
対するアメリカは終戦までにエセックス級空母を14隻戦力化させている。なお、大本営は、相次ぐ勝利に沸く国民感情に水を差さないようにするために、この海戦における事実をひた隠しにする。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第四巻の収録内容は、
<span class="style3">ミッドウェー海戦、そして隠された敗北・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>

<hr />
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   </content>
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   <title>太平洋戦争　日本軍の攻勢</title>
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   <published>2008-07-26T05:44:02Z</published>
   <updated>2008-07-26T08:01:34Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争において、日本軍の攻勢占領地域を広げる日本（1937年から1942年...</summary>
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   </author>
         <category term="112)太平洋戦争 日本軍の攻勢" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
太平洋戦争において、日本軍の攻勢占領地域を広げる日本（1937年から1942年）占領地域を広げる日本（1937年から1942年）1940年6月のフランスのドイツに対する降伏と、その後の親独政権であるヴィシー政権の成立を受け、1940年9月以降行なわれてきた日本軍による仏印進駐への対抗措置として、この年の7月以降イギリスやアメリカ、オランダなどにより日本に対して段階的に行われてきた石油や鉄の禁輸や日本資産の凍結を契機に、日本とそれらの後に連合国となる諸国との関係は緊迫の一途をたどって行った。</p>
<p>しかし、イギリス軍への攻撃は宣戦布告無く開始され、アメリカ政府への宣戦布告は、駐アメリカ大使館による暗号文の書き起こしとタイプ遅延などのために外務省の指令時間より1時間近く遅れたため、英米への攻撃が「宣戦布告なしのだまし討ちである」と、その後長年に渡ってアメリカ政府によって喧伝されることとなった。
</p>
<p>
日本海軍による真珠湾攻撃で雷撃を受けるアメリカ海軍戦艦（1941年）日本海軍による真珠湾攻撃で雷撃を受けるアメリカ海軍戦艦（1941年）日本海軍は、真珠湾を起点にするアメリカ太平洋艦隊をほぼ壊滅させたものの、第2次攻撃隊を送らず、オアフ島の燃料タンクや港湾設備の破壊を徹底的に行わなかったことや、全てのアメリカ海軍の航空母艦が真珠湾外に出ており、航空母艦とその艦載機を1隻も破壊できなかったことが後の戦況に大きな影響を及ぼすことになる。なお、1939年9月のドイツとソビエト連邦によるポーランドへの攻撃は完全に宣戦布告が行なわれかったにも関わらず、このように喧伝されることはなかった。
</p>
<p>
真珠湾攻撃に向かう零式艦上戦闘機真珠湾攻撃に向かう零式艦上戦闘機その後、12月8日に同日行なわれたタイ国国境に近いイギリス領マレー半島のコタバルへの陸軍部隊の上陸と、日本海軍によって行なわれたハワイ・真珠湾のアメリカ海軍太平洋艦隊に対する真珠湾攻撃、二日後のイギリス海軍艦隊に対するマレー沖海戦などの連合軍に対する戦いで日本海軍は大勝利を収めた。なお、これらの作戦は、これに先立つ11月6日に、海軍軍令部総長の永野修身と同じく陸軍参謀総長の杉山元により上奏された対連合軍軍事作戦である「海軍作戦計画ノ大要」の内容にほぼ沿った形で行われた。
</p>
<p>
11月26日にアメリカのコーデル・ハル国務長官から来栖三郎特命全権大使、野村吉三郎駐アメリカ大使に手渡されたハル・ノートの内容を受け、日米間の交渉は完全に決裂し、12月1日に行われた御前会議において、事実上軍部に牛耳られていた日本政府はイギリスやアメリカ、オランダなどの連合国に対するの開戦を決意した。なお、日本政府がハル・ノートの内容に憤慨し、野村吉三郎大使に対してアメリカ政府との交渉の打ち切りを通告していたことを、アメリカ政府は暗号解読によって知っていたといわれている。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第八巻の収録内容は、
<span class="style3">インパール作戦。食料、弾薬の補給問題を抱えながら・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>

<hr />
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   </content>
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   <title>太平洋戦争　アメリカ連合軍の反攻</title>
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   <published>2008-07-26T05:35:43Z</published>
   <updated>2008-07-26T08:03:41Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争ではアメリカ連合軍の反攻1943年5月には前年の6月より日本軍が占領...</summary>
   <author>
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   </author>
         <category term="116)アメリカ連合軍の反攻" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
太平洋戦争ではアメリカ連合軍の反攻1943年5月には前年の6月より日本軍が占領していたアリューシャン列島のアッツ島に米軍が上陸。1944年3月、インド北東部アッサム地方の都市でインドに駐留する英印軍の主要拠点であるインパールの攻略を目指したインパール作戦とそれを支援する第二次アキャブ作戦が開始された。これ以降、ビルマ方面での日本軍は壊滅状態となる。日本軍守備隊は全滅し（アッツ島の戦い）、大本営発表において初めて「玉砕」という言葉が用いられた。
</p>
<p>
11月には南太平洋のマキン島とタラワ島における戦いで日本軍守備隊が全滅し、同島がアメリカ軍に占領されることになる。また、ニューギニア島では日本軍とアメリカ、オーストラリア中心とした連合軍との激しい戦いが続いていたが、8月頃より少しずつ日本軍の退勢となり、物資補給に困難が出てきた。同月に日本の東條英機首相は、満州国やタイ王国、フィリピン、ビルマ、自由インド仮政府、南京国民政府などの首脳を東京に集めて大東亜会議を開き、大東亜共栄圏の結束を誇示しようとするが、実態は東條首相の独擅場に過ぎなかった。この年の年末になると、開戦当初の相次ぐ敗北から完全に態勢を立て直し、圧倒的な戦力を持つに至ったアメリカ軍に加え、ヨーロッパ戦線でドイツ軍に対して攻勢に転じ戦線の展開に余裕が出てきたイギリス軍やオーストラリア軍、ニュージーランド軍などの数カ国からなる連合軍と、中国戦線の膠着状態を打開できないまま、太平洋戦線においてさしたる味方もなく1国で戦う上、開戦当初の相次ぐ勝利のために予想しなかったほど戦線が延びたことで兵士の補給や兵器の生産、軍需物資の補給に困難が生じる日本軍の力関係は一気に連合国有利へと傾いていった。
</p>
<p>
同作戦の失敗により翌年、アウン・サン将軍率いるビルマ軍は連合軍へ寝返り、結果として翌年に日本軍はビルマを失うことになる。戦力を整えた米軍はこの年の後半からいよいと反攻作戦を本格化させ、南西太平洋方面連合軍総司令官のダグラス・マッカーサーが企画した「飛び石作戦（日本軍が要塞化した島を避けつつ、重要拠点を奪取して日本本土へと向かう）」を開始する。しかし、補給線を無死した無謀・杜撰な作戦により約3 万人以上が命を失う（大半が餓死によるもの）など、日本陸軍にとって歴史的な敗北となった。スバス・チャンドラ・ボース率いるインド国民軍まで投入し、劣勢に回りつつあった戦況を打開するため9万人近い将兵を投入した大規模な作戦であった。
</p>
<p>
ビルマ方面では日本陸軍とイギリス陸軍との地上での戦いが続いていた。その後、7月にソロモン諸島で行われたコロンバンガラ島沖海戦で、日本海軍艦艇は巧みな雷撃により米艦隊に勝利するが、その頃になるとソロモン諸島での体勢は決していたため、戦況にはほとんど影響を与えなかった。この年の暮れごろには、日本軍にとって同方面最大のラバウル基地は孤立化し始める。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第九巻の収録内容は、
<span class="style3">フィリッピン、日本は壊滅の一途をたどる・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>


<hr />
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   </content>
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<entry>
   <title>原爆投下　太平洋戦争終戦</title>
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   <published>2008-07-26T04:44:37Z</published>
   <updated>2008-07-26T08:05:14Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争は昭和20年8月6日に広島市への原子爆弾投下、次いで8月9日に長崎市...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
         <category term="123)原爆投下　太平洋戦争終戦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
太平洋戦争は昭和20年8月6日に広島市への原子爆弾投下、次いで8月9日に長崎市への原子爆弾投下が行われ、投下直後に死亡した十数万人にあわせ、その後の放射能汚染などで20万人以上の死亡者を出した。その直後に、1941年4月より日ソ中立条約を結んでいた共産主義国であるソビエト連邦も、上記のヤルタ会談での密約ヤルタ協約を元に、締結後5年後の1946年4月まで有効である日ソ中立条約を破棄し、8月8日に対日宣戦布告をし、日本が事実上占領していた満州国へ侵攻を開始した（8月の嵐作戦）。</p>
<p>その後この約60万人はソビエト連邦によって過酷な環境で重労働をさせられ、6万人を超える死者を出した上に、満州・南樺太・朝鮮半島に住む日本人女性は流刑囚から多く結成されたソ連軍によって集団的に強姦され（ソ連軍による組織的強姦）るなどして日本側も多大な被害を受けた。また、ソ連軍の侵攻に対して、当時、満州国に駐留していた日本の関東軍は、主力部隊を南方戦線へ派遣した結果、弱体化していたため総崩れとなり、組織的な抵抗もできないままに敗退した。
</p>
<p>
アメリカのハリー・S・トルーマン大統領は最終的に、本土決戦による自国軍の犠牲者を減らすという名目と、日本の分割占領を主張するソビエト連邦の牽制目的、さらに非白人種への人種差別意識も影響し史上初の原子爆弾の使用を決定。このような事態にいたってもなお日本軍部指導層は降伏を回避しようとし、御前会議での議論は迷走した。しかし鈴木貫太郎首相が昭和天皇に発言を促し、天皇自身が和平を望んでいることを直接口にした事により、議論は収束した。
</p>
<p>
敗戦と玉音放送の実施を知った一部の将校グループが、玉音放送が録音されたレコードの奪還をもくろんで8月15日未明に宮内庁などを襲撃する事件（宮城事件）を起こしたり、鈴木首相の私邸を襲ったりしたものの、玉音放送の後には、厚木基地の一部将兵が徹底抗戦を呼びかけるビラを撒いたり停戦連絡機を破壊したりして抵抗した他は大きな反乱は起こらず、ほぼ全ての日本軍は戦闘を停止した。なお、この後鈴木貫太郎内閣は総辞職した。なお、日本でも原子爆弾の開発を行っていたものの、制海権を失ったことなどから開発に必要な原料の調達が捗らなかったことなどから、ドイツやイタリアからの亡命科学者を中心に開発を行っていたアメリカに先を越されることになった。
</p>
<p>
8月14日にポツダム宣言の受諾の意思を提示し、翌8月15日正午の昭和天皇による玉音放送をもってポツダム宣言の受諾を表明し、全ての戦闘行為は停止された。また、このソビエト参戦による満州と南樺太などで行われた戦いで日本軍の約60万人が捕虜として捕らえられ、シベリアに抑留された（シベリア抑留）。逃げ遅れた日本人開拓民の多くが混乱の中で生き別れ、後に中国残留孤児問題として残ることとなった。
</p>

<center><img src="http://www.osusume-shop.com/dvd/img/u-dvd.jpg" alt="ユーキャン太平洋戦争DVD" /></center>
<span class="style1">ユーキャン太平洋戦争DVD</span>　第十巻の収録内容は、
<span class="style3">最後まで出なかった撤退の言葉・・・。</span>
<center><IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="60" width="468" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2333094&pid=875944587" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2333094&pid=875944587"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2333094&pid=875944587" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2333094&pid=875944587" height="60" width="468" Border="0"></a></noscript></IFRAME></center>

<hr />
]]>
      
   </content>
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   <title>太平洋線戦争末期　硫黄島の攻防</title>
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   <published>2008-07-26T04:31:12Z</published>
   <updated>2008-07-26T07:06:37Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争も圧倒的戦力を有する米海兵隊と島を要塞化した日本軍守備隊の間で太平洋...</summary>
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         <category term="121)太平洋戦争末期　硫黄島の戦い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
太平洋戦争も圧倒的戦力を有する米海兵隊と島を要塞化した日本軍守備隊の間で太平洋戦争中最大規模の激戦が繰り広げられ、両軍合わせて5万名近くの死傷者を出した（米軍の死傷者が日本軍のそれを上回った唯一の地上戦）。この結果、サイパン島に築かれた基地から飛び立ったB-29への戦闘機による迎撃は極めて困難となった。</p>
<p>この頃満州国は日本軍がアメリカ軍やイギリス軍、オーストラリア軍と戦っていた南方戦線からは遠かった上、日ソ中立条約が存在していたためにソ連の間とは戦闘状態にならず開戦以来平静が続いたが、この年に入ると、昭和製鋼所（鞍山製鉄所）などの重要な工業基地が、中華民国領内から飛び立った連合軍機の空襲を受け始めた。
</p>
<p>
迎撃する戦闘機も、熟練した操縦士も、度重なる敗北で底を突いていた日本軍は、十分な反撃もできぬまま、本土の制空権さえも失っていく。3月下旬には「決起した反乱軍に対抗するため」との名目で、指導者であるアウン・サンはビルマ国軍をラングーンに集結させたものの、集結すると即座に日本軍に対しての攻撃を開始し、同時に他の勢力も一斉に蜂起しイギリス軍に呼応した抗日運動が開始された。最終的には5月にラングーンから日本軍を放逐した。
</p>
<p>
2月から3月後半にかけて硫黄島の戦いが行われた。最終的に日本は硫黄島を失い、アメリカ軍は硫黄島をB-29爆撃機の護衛のP-51D戦闘機の基地、また日本本土への爆撃に際して損傷・故障したB-29の不時着地として整備することになる。
</p>
<p>
日本軍は練習機さえ動員し、特攻による必死の反撃を行うが、この頃になると特攻への対策法を編み出していた米軍に対し、華々しい戦果を挙げられなくなっていた。また、同じく日本軍の勢力下にあったビルマにおいては、開戦以来、元の宗主国であるイギリス軍を放逐した日本軍と協力関係にあったビルマ国軍の一部が日本軍に対し決起した。
</p>
<hr />
<p>太平洋戦争末期　硫黄島の戦いの関連サイト・ブログを紹介します。</p>
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父親たちの星条旗:アビ★シネマ - 映画館で見たい ... <br />
それどころか硫黄島での戦いに ... ドラマ＆戦争 監督：クリント・イーストウッド 出演：ライアン・フィリップ ジェシー・ブラッドフォード アダム・ビーチ ジョン・ベンジャミン・ヒッキー 太平洋戦争末期、硫黄島に上陸した ...   <br />
<br />
</p>
<p>
超映画批評『父親たちの星条旗』70点（100点満点中 ... <br />
日米が戦ったあの戦争の中で、もっとも重要かつ激戦だった戦場のひとつに、 硫黄島の戦い がある。第二次大戦を通して、米軍側の ... この第1弾は米軍側からの視点、12月に公開される第2弾 『硫黄島からの手紙』 は、日本側の視点から描かれる。 太平洋戦争末期 ...   <br />
<br />
</p>
<p>
映画<br />
戦争末期の激戦、硫黄島の戦いに関する『父親たちの星条旗』との２部作。 この戦いを日本側の視点から切り取った話題の作品。  <br />
<br />
</p>
<p>
父親たちの星条旗: skywave blog　シネマな独り言<br />
太平洋戦争の末期、硫黄島へ向かうアメリカ海兵隊。５日で終わるはずの戦闘が、攻略 ... 『アメリカから見た硫黄島 戦争を終わらせた一枚の写真。その真実。』 コチラの「父親たちの星条旗」は、硫黄島の戦いをアメリカ側の視点で描いたクリント ...   <br />
<br />
</p>
<p>
父親たちの星条旗：シネマチェック：<br />
太平洋戦争末期の１９４５年、衛生兵として硫黄島に上陸したジョン・“ドク ... ここに描かれている戦争は、個人対個人の憎しみによる戦いではなく、大儀のための戦い(この場合は、戦略的拠点としての硫黄島の奪取）であるためなのか、敵国 ...   <br />
<br />
</p>
<p>
硫黄島の戦いーエピソード高校日本史（262-05）<br />
硫黄島の戦い １ ... の戦いを検証したいものです。 ６ asahi.comによると、「第２次世界大戦末期の硫黄島での激戦を描いたクリント＝イーストウッド監督の米映画『父親たちの星条旗』が（２００６年１２月）２０日、全米で封切られた。日米双方の視点から戦争 ...   <br />
<br />
</p>
<p>
☆彡映画鑑賞日記☆彡:父親たちの星条旗 - livedoor ... <br />
アメリカから見た硫黄島 戦争を終わらせた一枚の写真。その真実。 ... 太平洋戦争末期の硫黄島での戦いを、日本とアメリカ双方の視点から描いたクリント・イーストウッド監督による第一弾。双方からの ...   <br />
<br />
</p>
<p>
硫黄島からの手紙 - Yuhiの読書日記＋α<br />
 ... 監督の「硫黄島からの手紙」を見てきました。第二次世界大戦中に起きた硫黄島での戦いを、日本側の視点で描いた作品です。 戦争ものは苦手 ... 出演： 渡辺謙／二宮和也／伊原剛志／加瀬亮／中村獅童 公式サイト 太平洋戦争末期、小笠原諸島の硫黄島 ...   <br />
<br />
</p>
<p>
www.tvk.ne.jp<br />
 ... 169mの摺鉢山がある他は、ほぼ平坦な島である。太平洋戦争末期に小笠原諸島の硫黄島 ... 南方戦線と日本本土とを結ぶ航空経路の中継地点として、硫黄島は重要な拠点であった。戦争前 ... 第二次世界大戦の激戦地、硫黄島での戦いの映画。2006年 アメリカ側の視点 ...   <br />
<br />
</p>
<p>
硫黄島<br />
 ... ときこそ、硫黄島の戦いは終わる」と話してくれた。島は日本の領土だ。そこでさえ遺骨収集ができなくて、ほかのどこでできるのか。彼らは国が進めた戦争 ... の末期 、日米両軍の１か月余に渡る 島嶼 (とうしょ) 攻防戦の 激戦地 （ 硫黄島 の戦い ） 。その激戦の ...   <br />
<br />
</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>太平洋戦争で劣勢に立つ日本軍</title>
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   <published>2008-07-26T04:31:12Z</published>
   <updated>2008-07-26T07:07:28Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争において各地で劣勢が伝えられる中、それに反してますます軍国主義的な独...</summary>
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      <![CDATA[<p>
太平洋戦争において各地で劣勢が伝えられる中、それに反してますます軍国主義的な独裁体制を強化する東條英機首相兼陸軍大臣に対する反発は強く、この年の春頃には、中野正剛などの政治家や、海軍将校などを中心とした倒閣運動が盛んに行われた。しかしその計画が実行に移されるより早く、サイパン島陥落の責任を取り東條英機首相兼陸軍大臣率いる内閣が総辞職し、小磯国昭陸軍大将と米内光政海軍大臣を首班とする内閣が発足した。
</p>
<p>
アメリカやイギリスのような大型爆撃機の開発を行っていなかった日本軍は、この頃急ピッチで6発エンジンを持つ大型爆撃機「富嶽」の開発を進めるものの、当時の日本の工業力では完成は夢のまた夢であった。また、日本海軍は、この年に進水した艦内に攻撃機を搭載した潜水空母「伊四〇〇型潜水艦」により、当時アメリカが実質管理していたパナマ運河を搭載機の水上攻撃機「晴嵐」で攻撃するという作戦を考案したが、戦況の悪化により中止された。
</p>
<p>
それだけでなく、近衞文麿元首相の秘書官であった細川護貞の大戦後の証言によると、当時現役の海軍将校で和平派であった高松宮宣仁親王黙認の上での具体的な暗殺計画もあったと言われている。
</p>
<p>
。
</p>
<hr />
<p>劣勢に立つ日本軍の関連サイト・ブログを紹介します。</p>
<p>
大東亜戦争真実史観最適者生存戦争子孫生存を願 ... <br />
 ... 検証しなければならない。とらわれると、歴史を見誤る。日清、日露、ww1、 大東亜戦争は、 最適者生存戦争 で、軍民一丸の日本軍 ... の子孫への 遺言 は、今正に世界を覚醒させ人類への 遺言 となった。 ただの戦いであれば、誰も覚醒せず、決然として立つ ...   <br />
<br />
</p>
<p>
針原パイレーツ・ニュース<br />
勝利。そして2週続けての決勝の舞台に立つことが出来ました。 ... こい。」と、試合に出した子供たちが、劣勢の試合をあきらめることなく ... ３ - ２ 西日本軍 ・副将リーグ ３勝３敗 ５位  <br />
<br />
</p>
<p>
メディア・トピックス(JCJ WEB PAGE)<br />
以上のような検証を重ねた上で、判決はいよいよ、日本軍（離島におけるその最高責任者が梅澤、赤松の両戦隊長だった）と「集団自決」の関連について判定を下す。  <br />
<br />
</p>
<p>
昭和史の真実<br />
 ... 満鉄併行線建設に乗り出したのに乗じて、再び直接介入を開始した。張作霖が日本軍の ... 和平を要求していたが、本音では日本がアジアにおいて軍事的に卓越した立場に立つ ... とも中国を制圧できることが明らかであるし、あるいは欧州大戦において対独劣勢に ...   <br />
<br />
</p>
<p>
台湾「高金素梅」さんへの政治弾圧に抗議しよう<br />
アジア太平洋戦争のさなか、男性は高砂義勇隊へ動員され留守宅の女性たちは日本軍警 ... 日本やアメリカなどで熾烈に闘われた「反靖国闘争」の第一線で、常に先頭に立つ ... 選挙において高位当選を確実視されている。今回の選挙や次の総統選挙において劣勢 ...   <br />
<br />
</p>
<p>
23　犬死を結果した技術とシステム<br />
 ... 犬死を結果した技術とシステム 南太平洋の激戦 緒戦で日本軍に敗れた ... で大破したはずの一隻が応急修理で参戦）、戦艦なし、航空機一二〇機という劣勢で ... 歴史と現代 23 不思議な生命判断 立つことのできる人間は……寿命は三〇日間  <br />
<br />
</p>
<p>
百年の遺産?日本の近代外交史<br />
５０、 【南京事件と日本軍】 宣伝用の誇大な被害者の数字 ... 思う。……父の遺した教訓の一つに、夜眠れない時は、何か一つ持ち出して考えてみるものだ。その考えは他日きっと役に立つ ...   <br />
<br />
</p>
<p>
阿武天風の軍事冒険小説<br />
 ... ものである。この本の設定では、ハワイ・フィリピン方面で米陸海軍を破った日本軍が ... 確かなことはいへないが、吾々をしていはしむれば、或程度迄は役に立つに相違ない ... もともと、一雨が未来戦ものを書き始めた動機は、日本の主力艦の劣勢を固定化する ...   <br />
<br />
</p>
<p>
index<br />
SGRAニュース 第３１回ＳＧＲＡフォーラム「水田から油田へ?日本のエネルギー供給、食糧安全と地域の活性化?」報告 Posted 2008.5.23 by imanishi  <br />
<br />
</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>太平洋戦争の中でも激戦のレイテ沖海戦</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.osusume-shop.com/dvd/2008/07/post_2.html" />
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   <published>2008-07-26T03:46:30Z</published>
   <updated>2008-07-26T07:05:45Z</updated>
   
   <summary> 太平洋戦争で日本は、相次ぐ敗北により航空および海軍兵力の多くを失っていたものの...</summary>
   <author>
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         <category term="116)太平洋戦争 レイテ沖海戦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.osusume-shop.com/dvd/">
      <![CDATA[<p>
太平洋戦争で日本は、相次ぐ敗北により航空および海軍兵力の多くを失っていたものの、大量生産設備が整っていなかったこともあり武器弾薬の増産が思うように行かず、その生産力は連合軍諸国の総計どころかイギリスやアメリカ一国のそれをも大きく下回っていた。日本軍はこれを阻止するために艦隊を出撃させ、レイテ沖海戦が発生した。しかも本土における資源が少ないため鉄鉱石や石油などの資源をほぼ外国や勢力圏からの輸入に頼っていた上に、連合国軍による通商破壊戦により外地から資源を運んでくる船舶の多くを失っていたために、戦闘機に積む純度の高い航空燃料や空母、戦艦を動かす重油の供給すらままならない状況であった。
</p>
<p>
戦争準備が整っていなかった開戦当初とは違い、M4中戦車や火炎放射器など、圧倒的な火力かつ大戦力で押し寄せるアメリカ軍に対し、日本軍はなすすべもなく敗走した。また、この戦いにおいて初めて神風特別攻撃隊が組織され、米海軍の護衛空母撃沈などの戦果を上げている。日本海軍は空母瑞鶴を主力とする機動部隊を米機動部隊をひきつける囮に使い、戦艦大和、武蔵を主力とする戦艦部隊（栗田艦隊）でのレイテ島への上陸部隊を乗せた輸送船隊の殲滅を期した。
</p>
<p>
10月には、アメリカ軍はフィリピンのレイテ島への進攻を開始した。この作戦は成功の兆しも見えたものの、結局栗田艦隊はレイテ湾目前で反転し、失敗に終わった。
</p>
<p>
レイテ沖海戦に勝利したアメリカ軍は、大部隊をフィリピン本土へ上陸させ、日本陸軍との間で激戦が繰り広げられた。この海戦で日本海軍は空母4隻と武蔵以下主力戦艦3隻、重巡6隻など多数の艦艇を失い事実上壊滅し、組織的な作戦能力を喪失した。
</p>
<hr />
<p>レイテ沖海戦の関連サイト・ブログを紹介します。</p>
<p>
太平洋戦争（米軍反攻）フィリピン<br />
レイテ沖海戦：昭和１９年７月９日サイパン島が陥落。サイパンが米軍に占領された事によって、戦略爆撃機Ｂ?２９によって本土空襲が可能になりました。そして米軍の次の目標は、そのまま硫黄島から本土に向かうコースと、フィリピンから沖縄へ向かう ...   <br />
<br />
</p>
<p>
【楽天市場】別冊コマンド・マガジン(3/3 ... <br />
 ... 96年にはコマンドマガジン第10号の付録ゲームとして再販された 『日本機動部隊』の続編 にあたるゲームです。前作が真珠湾から第2次ソロモン海戦まで、いわば連合艦隊の黄金期を扱っていたのに対し、このゲームではそれ以降、 マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦 ...   <br />
<br />
</p>
<p>
見習いのぶろぐ - livedoor Blog（ブログ）<br />
【レイテ沖海戦・決戦】 やまと＆レイ『ここが戦いの分かれ目だぞ。気を抜くな！！』 ２人のかっこいいボイスでやる気満々なアサキ。  <br />
<br />
</p>
<p>
[友の会]<br />
23日?26日レイテ沖海戦。 25日同隊敷島隊の関行男中佐ら五勇士レイテ沖初出撃、米艦に当り散華 23日 1944 昭和19 フィリピン沖海戦。  <br />
<br />
</p>
<p>
Amazon.co.jp： レイテ沖海戦―大和・武蔵野主砲が ... <br />
Amazon.co.jp： レイテ沖海戦―大和・武蔵野主砲がシブヤン海で炸裂する 比島攻防を巡り生起した大海戦を詳解する (歴史群像 太平洋戦史シリーズ Vol. 9): 本 ...   <br />
<br />
</p>
<p>
主な指揮官<br />
第58機動部隊司令官。16隻の空母を率いて硫黄島を空爆、さらに艦載機による本土空襲を実施。山本五十六機撃墜作戦、マリアナ沖海 戦、台湾沖航空戦、レイテ沖海戦にも参加しており、後の沖縄戦では戦艦大和を撃沈、終戦直前には本土への艦砲射撃も指揮 ...   <br />
<br />
</p>
<p>
第21話「レイテ沖海戦（前編）」<br />
【登場人物】 日本軍 猪口敏平少将 （戦艦「武蔵」艦長） 加藤憲吉大佐 （戦艦「武蔵」副長） 菅野信明大尉 （戦艦「武蔵」機銃第7分隊長）  <br />
<br />
</p>
<p>
www.rivo.mediatti.net<br />
時にレイテ沖海戦と呼ばれることがあるのは、その一局面を意味 しており、総称としては適切ではありません。むしろ誤解を招きや  <br />
<br />
</p>
<p>
ISO　インパール<br />
先日、 isoレイテ沖海戦 という駄文を書いた。もしかしたらレイテ沖に例えたことに海軍より陸軍が好きという方から苦情が来るのではないかと心配して、本日はインパールに例えた。  <br />
<br />
</p>
<p>
大山格ＨＰ＞近代＞太平洋戦争海戦概略＞レイテ沖 ... <br />
レイテ沖海戦 「私は戻ってくる」 フィリピンが日本軍の手に落ちた時、防衛していたアメリカ軍司令官マッカーサー将軍は、こう言ってフィリピンから撤退した。その言葉のとおり、アメリカ軍はフィリピンを目指して進撃してきた。  <br />
<br />
</p>]]>
      
   </content>
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